くっす on 男性における精神的な成熟

男性における精神的な成熟、マスキュリニティなど

カジオスの尾上元彦さんによる「男の家事教室」に参加をしました

(3/28追記 この記事を元にSubstackで英語版の記事を投稿しました。)

3月22日の日曜日に東京都内のクックパッドの会場で男性のための料理教室に参加をしました。講師は「男の家事教室」のカジオスを運営している尾上元彦さんでした。本記事では、参加のきっかけ、イベント概要、当日に感じたこと、を順に書いています。

参加のきっかけ

今回の参加のきっかけは、まず、「自己成長に情熱を注ぐ男性のコミュニティ」である「アイアン・ジョン・アカデミー」(Iron John Academy)を運営しているレシェックさん(Leszek さん)と知り合ったことです。

ironjohn.academy

こちらのアイアン・ジョン・アカデミーが提供する講座の1つに「男の家事教室」があると知り、参加をすることと致しました。

今回は、アイアン・ジョン・アカデミーと、「男の家事教室」を提供するカジオス(代表は尾上元彦さん)とがコラボして企画・実施されたもの、とのことです。

kajiosu.com


イベント概要

講師の尾上さんによるレポート

どういうイベントであったか…と早速に書きたいところですが、講師の尾上さんが当日中にイベント開催報告をアップしていましたので、先にこちらのリンクを掲載します。

kajiosu.com

投稿者によるレポート

さて、ここから私のレポートです。

会場として、東京都内のクックパッドのスタジオをお借りしていました。

info.cookpad.com

当日は、主催者陣のカジオス尾上さん、アイアン・ジョン・アカデミーのレシェックさんを含めて、合計8人が会場にいました。

料理のメニューは、肉じゃが、ブロッコリーのグリル、そして白米のご飯でした。






そして、料理をいただいた後、キッチンのシンク周りの掃除について尾上さんからのレクチャーと実演。


最後に集合写真。


「男の家事教室」で私が感じたこと

ここからは、私が感じたことについてです。

尾上さんのエピソードに心が動いた

調理をして食卓を囲んでいる時に、尾上さんから「この事業をやるようになったきっかけ」についてお話を聞くことができました。

kajiosu.com

2011年の東日本大震災を宮城県で経験して、その時に地元の飲食店の方が炊き出しをしていて、そこに集まった人々が笑顔になっているのを見た、ということが尾上さんにとっての大きな転機だった。私はそのように感じます。

私にとっては、この時に「尾上さんのそれまでの生き方は終わりを迎えた」のであり、「そこから尾上さんの新しい生き方が始まった」と感じられます。

まさに、尾上さんがご自身の使命を発見した出来事だった、と私には思われます。

そのように考えると、私には心を動かされるものがありました。

「一緒に料理をする」のが楽しかった

私にとって、レシェックさん以外(尾上さんも含めて)は全て初対面の方でした。

ですが、「一緒に料理をする」ということが、とても楽しく感じられました。

料理自体は、「あまり手の込んでいないもの」ではありました。
ですので、「難しい課題をクリアした」という達成感を持ったというわけではないでしょう。

そう考えると、「なぜ『一緒に料理をする』のを楽しいと感じたのか」は、正直よくわかりません。

ただ、「楽しかった」というのは確かです。

「食」の経験を共有できてうれしかった

食卓を囲んでいる時に、他の参加者とこういう話をしたいなと思って、質問をしました。

「お父さんは何か料理をしていましたか?」

こちらについて、皆様からそれぞれの回答を聞くことができました。

私は、
「自分の父親はお好み焼きを作っていました」
という話をしました。

私の父親は兵庫県神戸市の出身です。
神戸市は「粉もん」の発祥地とされることがあります。
祖母からの話も含めて考えるに、どうも、実際に多くの家庭でお好み焼きを当たり前のように作って食べていたようです。

お好み焼きは、台所で作って焼いた後に持ってきて食卓で食べる、というものではありません。
具材を用意して居間に持ってきて、食卓に調理器具(ホットプレートなど)を置いて、そこで調理をしてそこで取り分けて食べる、というものです。

食卓で調理をして、食卓で食べる。
ここが、お好み焼きの大事なところです。

…と、このまま行ったらお好み焼きについて熱く語り出してしまいそうですね。

「関西風お好み焼きと広島風お好み焼きのそれぞれの良さについて」
であるとか
「お好み焼きを切り分けるとしたら、自分なら必ず格子状に切る。お好み焼きはお好み焼きなのだから、ピザみたいに切る選択肢は自分には無い」
などなど。

地域によって食文化の違いはありますが、私にとっては、そういった違いを知られるのは楽しいことです。

そして、時には共通点を見つけられることもあります。

今回のイベントでは、私は、
「お好み焼きとバーベキューは似ている。どちらも、調理をしたその場で取り分けて食べるものだから」
と感じたことに気づきました。


今後のイベント情報

カジオスの尾上さん(左)とアイアン・ジョン・アカデミーのレシェックさん(右)

記事の最後に、それぞれの主催者の今後のイベント情報について書きます。

アイアン・ジョン・アカデミーの今後のイベント

ironjohn.academy

対面イベントとしては、現在、筋力トレーニング系の2イベントが予定されています。
それぞれ、ベンチプレスとデッドリフトです。

オンラインイベントとしては、(言語は英語となりますが)「ワイルドマン・ウェンズデー」(Wildman Wednesday)が予定されています。

カジオスの今後のイベント

カジオスでは、「男の日曜家事クラブ」を月1回のペースで開催しています。

kajiosu.com

料理のメニューも、その他の家事の内容も、毎月テーマを変えて開催されているようです。

ご興味がありましたら、それぞれの主催者のWebサイトをチェックしてみてください。





お読み下さり、どうもありがとうございました。

「母親とのパートナー関係」によって男性はナイスガイシンドロームになる

https://i.ytimg.com/vi/sVBvDe_CrS4/hqdefault.jpg
この記事で取り上げた動画のサムネイル画像。「大人の性的な親密さのバリアとなるもの  ロバート・グラバー」

ナイスガイ症候群』の著者であるロバート・グラバーさんのWebサイトから、メール配信にて「母親とのパートナー関係(Monogamous to Mom)*1」についてのメールを受信しました。「母親とのパートナー関係」にある男性は、成長をしても母親との関係性を完了させることが難しく、女性との親密な関係を持つことが困難となります。今回、メールからリンクしている動画の内容、およびメールの文章を元に、「母親とのパートナー関係」とは何か、それによる影響は何か、その状態からどう変化をするのか、について取り上げます。

「母親とのパートナー関係」について

取り上げる題材

ロバート・グラバーさんによる動画

www.youtube.com

The 'Monogamous to Mom' Syndrome: Manifestations and Origins | Dr. Robert Glover
(「母親とのパートナー関係」シンドローム:その特徴と原因について | ロバート・グラバー)

ロバート・グラバーさんのWebページからのメール

ロバート・グラバーさんのWebページは以下です。

drglover.com

私は過去にロバートさんのイベントに参加をしたことがあるため、こちらのWebページからのメールを受信しています。
今回の記事は、2月27日に配信された「母親とのパートナー関係」についてのメール文章も参考にして書いています。

「母親とのパートナー関係」についての引用と参照

もし母親が「1人目のパートナー」になってしまったら

まずは、動画の最初のダイジェスト部分でロバートさんが話していることから引用をします。

...when your mother is your first spouse, every other woman feels like a mistress.
もし母親が「初めてのパートナー」となってしまったら、世の中の女性はみんな不倫相手だと感じられてしまう。

The 'Monogamous to Mom' Syndrome: Manifestations and Origins | Dr. Robert Gloverから。訳は投稿者による。

「母親とのパートナー関係」にある男性が経験する女性関係の困難

もう1つは、‟「母親とのパートナー関係」にある男性が経験する女性関係の困難”についてです。

「母親とのパートナー関係」にある男性が経験する女性関係での困難

  • 女性との関係を持つことが上手くできない
  • ポルノ動画を観たり、性についての中毒的な習慣をこっそりと持ったりすることで、女性との健全な性的関係を持つことが難しくなってしまう
  • 関係を持つことがとても難しい女性にばかり魅力を感じてしまう
  • ごまかされたり陥れられたりする経験をしていなくても、女性との関係から逃げてしまう
  • いつも女性の方から関係を終わりにさせられたり、騙されたりしてしまう
  • 女性とのバウンダリー(境界線)を持つことに苦労をする(自分の母親との関係も含めて)
  • 自分を愛してくれそうもない女性に対して恋愛感情を持ちやすい
  • 「ペニスをヴァギナに挿入するのを避ける」のを正当化する理由を必死になって探す(性に厳し過ぎる宗教、射精時の痛み・早漏、勃起不全、セックスそのものを避ける、衝動的なマスターベーションなど)

Dr. Robert Glover – Intention Into Action – Love, Sex, Dating & Careerから配信されたメール文章を元に投稿者が文を作成。

参考情報:翻訳版の『ナイスガイ症候群』の対応する箇所

ロバート・グラバーさんの原著の書籍"No More Mr. Nice Guy"(「ノー・モア・ミスター・ナイス・ガイ」)の140ページに、

"The Unconscious Need To Remain Monogamous To Mom Prevents Nice Guys From Getting The Love They Want"
(「母親とのパートナー関係」に留まりたいという無意識の欲求がナイスガイにとって理想の愛を手に入れることを阻む要因となる)

という見出しがあります。

翻訳版の『ナイスガイ症候群』での対応する箇所は、224ページの

■理想的な関係を阻む要因5――母親には従わなければという無意識の思い

という見出しの部分です。

なお、翻訳版の情報は以下です。

Pan;ナイスガイ症候群


「母親とのパートナー関係」について私が思うこと

自分にとても当てはまる

「母親とのパートナー関係」は、私にとても当てはまります。

今回、この記事を書きたいと感じた大きな理由はこれです。

「女性に認められることが何よりも大事」という傾向の元

この「母親とのパートナー関係」は、「女性に認められることが何よりも大事」というナイスガイシンドロームの人の傾向の元だ、と私は感じます。

「母親とのパートナー関係」にある男性は、自分の全ての価値判断について「母親がこのことについてどう思うか」というフィルターがかかっています。

そして、それが意識化されることはありません。「母親とのパートナー関係」によって起こる母親とのインセスト関係(精神的近親相姦の関係)は、潜在的に存在するものだからです。

そして「母親に認められることが何よりも大事」という考えは、「女性に認められることが何よりも大事」という価値観も作り出していきます。

しかし、「女性に認められることが何よりも大事」という思考をいつも基本的なものとして持っていても、「自分は一般的で常識的な価値観によって判断をして決定している」と信じ込んでしまいます。

そして、そのようなフィルターが存在していることを、ナイスガイシンドロームにある男性が気付くのは非常に困難です。

それほどまでに、「母親とのパートナー関係」は男性の生き方に大きな影響を与えると言えます。

女性関係についての自然なニーズを叶えられなくなる原因

ナイスガイシンドロームにある男性は、自分の内面的なニーズを把握できません。そして、当然ながらそのニーズを満たすこともできません。

「母親とのパートナー関係」の傾向を持つナイスガイシンドロームの男性は、女性関係についても自分の内面的なニーズを把握できず、そしてそのニーズを満たすこともできません。母親が「パートナー代わり」である以上、他の女性との親密な関係を持つことは「不倫」であり、「やってはいけないこと」「人の道に反すること」になってしまいます。

そうなると、ナイスガイシンドロームの男性が女性の誰かに対して異性としての魅力を感じたとしても、その感情を抑え込もうとするのは当然のことです。それは「不貞」だとか「裏切り」だと感じられてしまうからです。

もちろん、女性とのセックスなんて言語道断です。

「母親とのパートナー関係」の男性が、特定の女性の身体に魅力を感じたり、触れたいと感じたとしたら、「こんな気持ちはいやらしいものだ」などと考えて、その感情を抑え込もうとします。

そして、「自分だけがこう思っているのではなく、世の中の男性はみんなこうなのだ」という合理化をするかもしれません。

「母親とのパートナー関係」の程度が大きく、そのことに無自覚であったとしたら、こういう合理化も十分に有り得ます。

そうして、「母親とのパートナー関係」の傾向を持つナイスガイシンドロームの男性は、女性関係について、身体が感じる自然なニーズと頭で持つ思考とが完全に切り離された状態で生きていくことになります。


自分が「母親とのパートナー関係」にあると気付いた後に何ができるか

「女性との素晴らしい関係を持ちたい」と言葉にする

自分が「母親とのパートナー関係」にあると気付いた後に何ができるか。

まずは、「女性との素晴らしい関係を持ちたい」と言葉にすることでしょう。

方法は、 声に出すことかもしれないし、文字で表現することかもしれません。

自分の心の奥にある感情、または、自分の身体の奥にある感覚を確かめてみて、「女性との素晴らしい関係を持ちたい」というニーズがあるなら、それを言葉として表現すると良いです。

声に出すなら、安全な関係だと感じられる相手、特に男性に話し相手になってもらうと良いでしょう。
または、まずは、誰も聞いていないところで一人で声に出してみるのも良いかもしれません。

文字で表現する場合でも、誰かに見てもらうなら、安全な状況であることが大事です。
もちろん、こちらも、自分だけが見られる状況でまず書いてみる、ということも良いでしょう。


男性同士の安心できる関係性を持つ

そして、やはり大事なのはこちらです。

男性同士の安心できる関係性を持つ。

父親の存在の重要性について

今回のメールにて、男の子が「母親とのパートナー関係」を完了して成長するために父親どのように重要であるのか、についても言及されています。

以下に簡単にまとめを書きます。

健全な両親の関係性がある場合、母親は適切なバウンダリー(境界線)を持っています。そして父親は安全で、男の子が将来的になるであろう在り方の具体例となります。

そういう環境では、男の子は他の男性と深く関わることができて、少年期から成人期にかけて、女性とも健全でお互いを尊重する関係を持つことができます。

しかし、もし父親がいなかったり安全でなかったりしたら。

そして、もし母親が要求がましくて、冷たくて、息子に「感情のホース」をつなげているとしたら。

男の子の健全な成長は起こりません。

その男の子は、母親の感情に対して自分が責任を持っていると感じてしまいます。

母親は、その子にとっての「初めてのパートナー」となります。

Dr. Robert Glover – Intention Into Action – Love, Sex, Dating & Careerから配信されたメール文章を元に投稿者が文を作成。

小さい男の子にとって、安全な男性との健全な人間関係こそが、母親との強い関係性のある時期を通り越して適切な分離を果たすために必要です。そして、そのことはその後の人生の時期であっても変わりません。

「母親とのパートナー関係」から自由になり、女性との深い愛と素晴らしいセックスを得るための唯一の方法は、信頼できる男性たちとの確かな関係性を持つことです。

Dr. Robert Glover – Intention Into Action – Love, Sex, Dating & Careerから配信されたメール文章を元に投稿者が文を作成。

ロバートさんの設立した「インテグレーション・ネーション」について

今回のメールでは、上記の「信頼できる男性たちとの確かな関係性」の部分に続いて、ロバートさんの設立したインテグレーション・ネーション(Integration Nation)についての紹介があります。

integrationnation.net

インテグレーション・ネーションについて、メールでは

・成長のために困難に立ち向かう男性たちのコミュニティ
・これまでにできなかった成長を果たすために必要な「信頼できる安全な男性たち」が集まっている場所。だからこそ、「母親とのパートナー関係」を完了させて、そこから自由になることができる

という説明がなされています。

メンズサークル(メンズグループ)の重要性

ロバートさんのインテグレーション・ネーションの紹介に続いて、メンズサークル(またはメンズグループ)の重要性について述べたいです。

メンズサークルの目指すものも、まさに、「信頼できる男性たちとの確かな関係性」を持つことだ、と私は捉えています。

メンズサークルで、男性同士の安全な関係性を持つことで、「男性たちとも本音で話していいんだ」という実感を持てます。

その経験を繰り返すことで、父親との関係性を十分に持てなかった男性であっても、「母親とのパートナー関係」から少しずつ解放されていくことでしょう。

そして、女性との関係性においても、もっと安心して、自分も相手も尊重できる在り方できるようになっていくでしょう。





お読み下さり、どうもありがとうございました。

*1:原語の"Monogamous to Mom"(モノガマス・トゥー・マム)は辞書的には「母親との一夫一婦制」となります。そのため、訳語は「母親との結婚関係」「母親との婚姻関係」としても良いかもしれない、と感じました。しかし、ここではもう少し柔らかい印象のある「母親とのパートナー関係」という表現を選びました。

スティーヴ・ビダルフの書籍"Manhood"の翻訳版タイトルは『男の人って、どうしてこうなの?』 私なら『マンフッド 「本当の大人の男性」として生きる』というタイトルを付けたい

本ブログにて何度も取り上げているスティーヴ・ビダルフの"Manhood"という書籍があります。"Manhood"は辞書的には「成年男性」「男らしさ」という意味ですが、翻訳版タイトルは『男の人って、どうしてこうなの?』となっています。私には、「残念ながら、タイトルが与える印象と実際に書かれている内容とが一致していない」と感じられます。この翻訳版タイトルが付けられた理由を考察すると共に、私なら『マンフッド 「本当の大人の男性」として生きる』というタイトルを付けたい、と考えました。

該当のスティーヴ・ビダルフの書籍

該当のスティーヴ・ビダルフの書籍は以下です。

男の人って、どうしてこうなの? | 草思社

2003年刊です。

以下は私の書棚にあるものです。

また、私が持っている原著は以下です。

2008年刊です。版元に関して中表紙には"Vermilion"と表記があります。中表紙の1ページ後のCataloging in Publicationには"The Random House Group"と表記があります。


「どうしてこうなったのだろう」という思い

こちらの書籍の翻訳版タイトルについて最も思うのは、「どうしてこうなったのだろう」ということです。

このタイトルからは、対象読者が「男性について理解できないと感じている女性」であるという印象を受けます。そして、「軽く読み終えられる内容の本」であるという印象も持ちやすいです。

私は、2年前の夏の「人生の谷底」にあった時期に、この書籍に大いに救われました。読みながら涙を流した箇所がいくつかあります*1。そして、「ステップ7 野生のスピリッツを解き放つ」のイニシエーションについての部分に心を動かされて、その年の秋にニューヨーク州でメンズウィークエンドに参加をしました。

もし私と同じような思いを持っている方がいたとしても、この書籍を読むところまでたどり着くとは考えづらいです*2*3。私が2年前にこの書籍を手に取ったのは、ずっと自室の書棚に置いていて、ふと思い出して読んでみたからです。そして、もともとは古本チェーン店で「安かったから」という理由で買って、買った後には少し読んで、その後はずっと置きっ放しとなっていました。


「男性の人生の困難」は重要視されない?

「どうしてこうなったのだろう」という理由について私が思うのは、「男性の人生の困難」は重要視されない傾向にあるから、ということです。

そして、以下のロジックの流れが想定できました。

  • 女性には「女性として生きているからこそ経験する困難」が存在する。しかし、「男性として生きているからこそ経験する困難」というものは存在しない
  • だから、もし「男性として生きているからこそ経験する困難」がある、と誰かが言っているとしたら、それはジョークかギャグであって、面白おかしく笑い飛ばされることを意図されて言われている
  • したがって、「成年男性」「男らしさ」という意味の単語が原題となっている書籍の翻訳版は、「ポップで軽い読み物」であると思われるタイトルを付けることが望ましい

このように推測をすると、少し納得がいきます。

メンズサークル開催呼びかけのメッセージから

このことについて思い起こすのは、去年の11月19日に開催した「国際男性デー企画 メンズサークルin渋谷」に関することです。

プロジェクトの発信元であるアメリカの団体アンシヴィライズド(UNcivilized)のプロジェクトのWebページに掲載しているメッセージには、以下のように書かれています。

毎年、国際男性デーが近付いてきても、世の中のほとんどの人の反応は、笑い飛ばすか、ネタにするか、無視する、というものです。ジョークが飛び交い、ミームが作り出されて、そして何も変わりません。

男性は傷付き続ける。
男性は孤独であり続ける。
男性の飲酒は問題であり続ける。
男性は無感覚であり続ける。
男性はどこかへ消えて行き続ける。

もう終わりにしませんか。

ここまで読んでいただく間に、世界のどこかで1人の男性が自分で自分の命を失くす選択をしています。このページの一番下まで読む頃には、さらに3人が同じ選択をしていることになります。その人は誰かの父親であり、誰かの息子であり、誰かのいとこであり、兄弟であり、友人です。

"One Day. One Cause. 1000 Circles."より。訳は投稿者による。

初めてこの文章を読んだ時、「国際男性デーとは、そもそもジョークかギャグであると受け取られている」と私は感じました。

それは、そもそも「男性として生きているからこそ経験する困難」について話すことは、「ジョークかギャグ」であると捉えられているから。私はそう捉えました。

今回の記事を書くにあたり、上記のアンシヴィライズドの文章を読んだ時の感覚を思い出しました。


私なら『マンフッド 「本当の大人の男性」として生きる』にしたい

翻訳版タイトルが良くないと思うなら、「こういうタイトルなら良いと思う」というアイディアを考えるのは良い選択です。

前掲のスティーヴ・ビダルフの書籍"Manhood"について、 私なら
『マンフッド 「本当の大人の男性」として生きる』
というタイトルを付けたいです。

まず、原題の"Manhood"の言葉の響きを活かして、「マンフッド」をメインタイトルとします。日本語で日常的には見ない語を使用することで、日本には存在していない考え方を扱っている印象が得られます。

副題として「本当の大人の男性」という語を使うのは、私が好きな「本当の大人*4」という表現を意識したものです。ここでは、"Manhood"の「成年男性」という意味を重視しています。

そして、この書籍は「大人の男性」になるための考え方と方法についても述べられています。それを実践することで、「本当の大人の男性」として生きる選択ができます。そういうわけで、“「本当の大人の男性」として生きる”という表現を選びました。


ビダルフの他の書籍と情報源も参照する

さて、とは言うものの、原著の"Manhood"を参照すると共に、翻訳版である『男の人って、どうしてこうなの?』を参照することも、男性の在り方を考えたり、良い男性になる方法を知るためには役に立つことです。

そして、ビダルフの他の書籍と情報源も参照することも、現状の選択として望ましいです。

ビダルフの他の書籍として、どちらも翻訳は無いですが、
・"Manhood"の改訂版である"Manhood - A Guidebook for Men"
・「人間の動物としての側面を見直す」という主旨の"Wild Creature Mind"
などが挙げられます

Webでの情報源としては、Facebookの"Steve Biddulph's Raising Boys"があります。こちらで、時々に動画も掲載されています。

引き続き、ビダルフの考え方を出発点として、記事を書いていきたいです。





お読み下さり、どうもありがとうございました。

*1:例えば、「表向きにはいかに批判的で、無関心を装っていようと、どんな父親でも、息子に愛され、敬われるのを心の底で待ちこがれながら人生を送っている。そのことを良く理解してもらいたい。父親は待つ人生を送っているのだ。」(45ページ)および、「この章では、少女たちが成長するにあたって父親を必要とすることを論じる。(略)しかしもっと重要なのは、父親(ないし父親がわりになる人物)の積極的なかかわりを得られなかった少年たちは、男としてうまく生きていけないということである。単純すぎると思われるかもしれないが、実際にそうであり、例外はないのだ。」(123ページ)

*2:Amazon.co.jpのカスタマーレビューでも、「邦題とオビは問題あり」(2003年3月22日のレビュー)、「これは男が読まないと(笑)」(2003年3月29日のレビュー)という表現があります。

*3:2009年に朝日新聞出版から刊行された文庫版のタイトルは『おれって、どうしてダメなの?』となっています。「男性向けの書籍」らしいタイトルとなっています。そして、やはりポップな印象は残っているな、と感じます。

*4:榎本英剛『本当の仕事』の“「大人」のふりをする代償は何か?”(日本能率協会マネジメントセンター版190~191ページ)を踏まえています。

友人主催のメンズサークル(2月21日)に参加した感想

先日の記事で書いた通り、2月21日に私の友人主催のメンズサークルが都内で開催されました。

https://pbs.twimg.com/media/HADv48faMAAp1Mb?format=jpg

私も参加者として場におりましたので、参加した感想をこの記事で書くこととしました。

今回のメンズサークルでも、参加した方の個人的なエピソードは外には出さないことが原則となっています。

この記事では、

  • メンズサークルに参加をして私が感じたこと
  • 参加者たちで話した事柄について私が感じたこと

を書きます。

私が感じたこと

「安全な場で対話して感じることが本当のこと」という感覚

最も感じたのは、
「安全な場で対話して感じることが本当のこと」
ということです。

私は、男性の心の成熟については本を読んだり動画を観たりして、たくさん学んできているつもりです。そして、今回は参加者の1人として、友人が主催するメンズサークルに出席している、という立場でした。

知識をひけらかしたり、「こういうことを言っている人を自分は知っている」と話したりするのは、避けるべきだな。
「アイ・メッセージ*1」で話すように心がけたいな。

こういったことを考えていました。

メンズサークルの会場に着いて、初めは、これらのことを意識していました。

しかし、しばらくすると、これらへの注意は良い意味で忘れてしまっていました。

それほどに、場で起こっている会話に意識を集中することができていました。

そして思ったのは、前述の通り、
「安全な場で対話して感じることが本当のこと」
という感覚です。

男性の心の成熟について、本を読んだり動画を観たりすること(そしてこうして文章を書くこと)は私にとって役に立っています。

しかしながら、それらを越えるもっと良い経験があります。

それが、「安全な場で対話」をするということです。

人間も生き物です。思考と身体がつながり合っている状況で感じることこそが、本質的な経験です。

この意味では、本を読むことも動画を観ることも(文章を書くことも)、そのような経験をサポートする位置づけにある、と言えます。

今回のメンズサークルに参加をして、私はこのことを強く感じました。

セクシュアリティの出来事について安心しながら話せた場

2つ目は、それぞれが経験したセクシュアリティの出来事について安心しながら話せる場だと感じた、ということです。

これは私にはとても貴重なことで、ありがたいと思いました。そして、お互いの経験を尊重しながら感情を場で分かち合っている、という感覚を持ちました。

私は、男性のセクシュアリティの在り方に関心があります。精神的に成熟した男性とは、自身のセクシュアリティにも、他者のセクシュアリティにも、尊敬を持って向き合っている人だ、と私は捉えています。

そして、セクシュアリティの在り方について対話をするのは難しい、とも感じます。非常に個人的なことですし、同じような出来事でも人によって全く違う経験となる可能性も高いと思われます。「自分も他人も傷付けない」ように対話をする時に、特に難しいテーマだと私には感じられます。

しかし、今回のメンズサークルでは、セクシュアリティの出来事を話している間でも、ずっと「安全な場」が存在していたと私は感じました。「集まって話をしていることが楽しい」という感覚を持ちながら、「思っていることを本心から共有し合っている」という感覚も私は持っていました。

とてもありきたりな表現ですが、
「こういうふうにセクシュアリティの出来事を話せたことは、これまでには無かった」
ということを、まさに思いました。

「世の中の当たり前」ではなく「自分にとっての当たり前だった」と気付く

3つ目は、自分が「当たり前」だと思っていたことへの考え方が大きく変わる瞬間が何度かあった、ということです。

これまで自分が「世の中の当たり前」だと思っていたことは、実は自分の思考の世界の産物であったらしい。その思考を通して、そのフィルターに合うモノ・コトだけを選んで、「これが世の中の当たり前だ」と捉えていたらしい。

つまりは、「自分にとっての当たり前だった」ことを、「世の中の当たり前」だと思い込んでいた、ということらしい。世の中のこと、他の人のことを、自分はちっともわかっていなかったらしい。

このように、私は感じました。

特に、前述したセクシュアリティの出来事について話している時に、この感覚を何度か持ちました。

そして、この
「世の中の当たり前」ではなく「自分にとっての当たり前だった」と気付く
という経験をして、私には
「もっと他の人(男性)が感じていることを知りたい」
という気持ちが現れました。


主催者の3名に感謝

以上、今回のメンズサークルに参加をして私が感じたことを書きました。

主催者としてこの場を作った、権兵衛さん、マンスさん、Dr.Nさんの3名に感謝をします。

次回、第三回も開催されると思いますので、ご興味のある方は主催メンバーのXアカウント(@with_gombe@Nawaninja )をチェックしてみてください。





お読み下さり、どうもありがとうございました。

*1:「私は」で始まる会話表現のことです。英語の"I"(「私は」)で話し始める、「『自分』を主語にした表現」とも言えます。

2026年4月4日~4月5日(東銀座) モーガン・グッドランダー氏によるゲシュタルト特別ワークショップのお知らせ

https://img.notionusercontent.com/s3/prod-files-secure%2F99f348c6-f883-4b70-8369-2937c8b4f34c%2Fa445c41c-1f59-4b7d-917c-6a75bc713130%2FMoraganProfile.png/size/w=1420?exp=1771668669&sig=6on3LPpEokSt2Dgn7IirK2EptSNfSnm1LboPd5dgT4k&id=3004eb51-709f-80f9-8aba-dce32fbb1ae8&table=block

モーガン・グッドランダーさんの画像
Tokyo Gestalt x Morgan GoodlanderSpecial 2-Day Workshop in Tokyo | Notionより


海外招聘講師によるゲシュタルト特別ワークショップについてのお知らせです。

今回に来日するモーガン・グッドランダー(Morgan Goodlander)さんには、昨年にカリフォルニア州サンフランシスコ近郊のサウサリートという街でお会いしたことがあります。

そのご縁もありますので、本ブログでも紹介をさせていただきます。

なお、モーガンさんはカリフォルニア州にあるGETI.Institute(「ゲット・アイ・インスティテュート」と読みます)のディレクターです。

ワークショップ開催情報

ワークショップのWebページは以下です。

日本語版
mimizuno.notion.site

英語版
mimizuno.notion.site




上記の日本語版Webページのイベント概要の内容を以下にも掲載します。


Tokyo Gestalt x Morgan Goodlander Special 2-Day Workshop in Tokyo

  • 日程:
    • 2026年4月4- 5日(土 - 日)10:00 - 17:00
  • 費用:
    • 2日参加:¥35,000(推奨:深いプロセスを体験いただけます)
    • 1日参加:¥25,000(お申し込み時、備考欄に参加希望日を記載ください)
  • 定員:
    • 外国籍の方:15名
    • 日本籍の方:10名
  • 言語:日英通訳あり(日本語と英語の間で逐次通訳を行います)
  • 会場:TKKセミナールーム(東銀座駅)
  • 住所:〒104-0045 東京都中央区築地 4-1-17銀座大野ビル

Tokyo Gestaltについて

今回のモーガン・グッドランダーさん特別ワークショップは、Tokyo Gestaltが主催団体という位置付けです。

Tokyo Gestaltでは、ゲシュタルト療法ファシリテーターである百武正嗣さんがリードする外国人向けワークショップを国内にて開催しています。

2025年8月に立ち上げがなされ、これまでに4回のワークショップを開催しています。

https://img.notionusercontent.com/s3/prod-files-secure%2F99f348c6-f883-4b70-8369-2937c8b4f34c%2F4b101b70-fde1-4e4c-9c16-a7b0424f50b8%2F2b26a25a-eed6-4505-a823-cf92ecc26c05.png/size/w=1420?exp=1771668668&sig=0YWb5-bedIFxlRcy7YPRIYkSyLpKSmDsOWC_c6RqJ6U&id=2f74eb51-709f-808a-8ad7-facc05d905f2&table=block
Tokyo Gestaltのワークショップの集合写真
Tokyo Gestalt x Morgan GoodlanderSpecial 2-Day Workshop in Tokyo | Notionより


ワークショップのWebページに掲載されているこちらの写真の前列左から2番目が百武さんです。
その右隣(前列左から3番目)の植村将大さんもTokyo Gestaltのチームメンバーです。
(ちなみに最後列の一番右が私です。)

百武さん、植村さんの情報については、以下をご参照ください。

gestalt-momotake.com

植村 将大 / 経営者のコーチ|notenote.com


Experience Organizationについて

この特別ワークショップでは、ゲシュタルト療法のアプローチに加えて、Experience Organization(エクスペリエンス・オーガナイゼーション)*1という手法も取り入れた内容となります。

Experience Organizationとは、ワークショップのWebページでは
「個人や組織がどのように自らの現実を構築しているかを解明し、変容を促す独自のメソッド」
と紹介されています。

ゲシュタルト療法のアプローチに加えて、組織という観点から、経営的な要素にも関係する内容となることが期待されます。

詳細については、改めて調べた時に再度に本ブログで投稿をしたいと思います!


海外招聘講師のワークショップとして

今回のモーガン・グッドランダーさんのワークショップについて、海外招聘講師の来日イベントという位置づけだ、と私は捉えています。

私としては、
「日本語を使用する日本人の方が積極的に参加してOKなのでは」
と思っています。

例えば、ゲシュタルトネットワークジャパン(GNJ)では、去年の9月にカナダのヴィクトリアからショーン・フレイさんを招待して、来日ワークショップを開催しています。


www.instagram.com

今回のモーガン・グッドランダーさんのワークショップでも、通訳者がいますし、日本語話者が参加することも良いこと、と私は感じています。


大阪でのワークショップ情報: 3月28日~3月29日大阪市の南船場にて

4月4日~4月5日の東銀座でのワークショップの1週間前、 3月28日~3月29日には大阪市の南船場でもモーガンさんのワークショップが開催されます。

gnk.jp

こちらはゲシュタルトネットワーク関西(GNK)が主催です。

関西方面の方は、どうぞご覧ください。





モーガン・グッドランダーさんの来日イベント、どうぞよろしくお願い致します!

お読み下さり、どうもありがとうございました。

*1:ゲシュタルトネットワーク関西(GNK)では「経験の体制化」という翻訳語を当てています。

本当に目を向けるべきは「通過儀礼(イニシエーション)が不在であること」 ― note記事『「大人になるはずだったのに」──弱者男性と“イニシエーションなき日本社会”』を元に

noteにて『「大人になるはずだったのに」──弱者男性と“イニシエーションなき日本社会”』という記事を見つけました。現代社会には男性の本当のイニシエーション(通過儀礼)が存在していないことが書かれており、私の関心のある問題意識を私とは別の視点から明らかにしていると感じました。今回、こちらの記事の内容をベースにしながら、私が感じたこと、私が付け加えたいことについて書いています。


今回に参照する文章

note記事『「大人になるはずだったのに」──弱者男性と“イニシエーションなき日本社会”』

今回は、こちらの記事の内容を元に文章を書いています。

note.com

参照先文章の目次

参照先の文章の目次(見出し一覧)は以下の通りです。

  • “受験と就職が通過儀礼”という幻想
  • 団塊ジュニア世代が背負った、“構造的な裏切り”
  • “子どもの社会”という囲い込みの檻
  • “どこにも属せない”という地獄──消費装置としての居場所
  • “大人になる”とは何か?──本当の儀式の不在
  • だから、あなたの“違和感”は正しい

私が考えたこと

以下、前述の文章を読んで私が考えたことを書いていきます。

参照先からの引用を元に

まず、参照先からの引用をして、それぞれに私の文章を付け加えます。

  • しかし、受験と就職には祝福がなかった。
  • それは共同体への招待ではなく、単なる競争と選別だった。勝てば「当たり前」、負ければ「自己責任」でしかない。
  • 本来の通過儀礼とは、共同体全体による承認と祝福を伴うものである。
  • (略)通過儀礼は単なるテストではなく、共同体が新たなメンバーを認知し、社会的地位を与える祝福と承認の場である。

「大人になるはずだったのに」──弱者男性と“イニシエーションなき日本社会”|セッ**の読みものより

ここでは、「本来の通過儀礼」と「受験と就職」とが対比されています。

ここでの「受験と就職」とは、「見せかけだけの通過儀礼」「疑似通過儀礼」とでも呼べます。

それは、「本来の通過儀礼」とは、大きく異なるものです。

  • 彼らが唯一居場所を見つけられたのは、かつて子ども時代を過ごした自室だけだった。
  • そして、この「子供部屋」にとどまり続けることを社会は嘲笑したが、その責任が構造的に生じていることには目を向けようとしなかった。
  • 社会とのつながりが失われた状態で孤立し、現実の居場所を見つけられないまま、彼らは次第にオンライン空間やサブカルチャー的な趣味に安息の場を求めるようになった。
  • しかし、オンライン上のコミュニティや趣味の集まりは、彼らを「社会の一員」として迎え入れる通過儀礼や共同体には決してなりえなかった。それどころか、多くの場合、彼らを搾取する消費装置としての性格を帯びていた。
  • アイドルの推し活、課金型ゲーム、風俗、VTuber配信、オンラインサロン、マッチングアプリ・・・これらの場は、一見すると彼らに所属感や承認感を与えているように見える。だが実際には、そこに存在するのは構造化された「消費」だけだった。

「大人になるはずだったのに」──弱者男性と“イニシエーションなき日本社会”|セッ**の読みものより

「本来の通過儀礼」の経験を得られない現代の男性たちは、「共同体全体による承認と祝福」を得ることは難しいです。

そして、「自分には何が足りないのか」ということの本当の原因を知ることもできません。「本来の通過儀礼」とは、現代ではその存在すらも知られていないのですから。

「見せかけだけの通過儀礼」からも外れた男性たちの「居場所」は「子供部屋」です。そして、オンライン上のコミュニティが、表面的な所属欲求、表面的な承認欲求を満たすための受け皿となります。しかしながら、「そこに存在するのは構造化された『消費』だけだった」わけです。

  • このように見ていくと、現在の日本社会には、若者を「大人として社会に迎え入れる連続性も存在せず、かつ、儀式や仕組みが決定的に欠けている」ことがわかる。
  • その結果として、弱者男性たちはただ宙ぶらりんに取り残されている。
  • 社会から明確な承認を受ける機会を持たないまま、自らが「大人になれないこと」を個人の能力や自己責任として内面化し続けている。
  • だが、本当の問題は彼らの側ではない。問題は、日本社会において「本当の通過儀礼」が消え失せたまま、何も再構築されてこなかったことだ。
  • つまり、「弱者男性の苦しみ」とは、「大人になる儀式の不在」が社会全体にもたらした構造的な問題に他ならないのである。

「大人になるはずだったのに」──弱者男性と“イニシエーションなき日本社会”|セッ**の読みものより

「弱者男性」とは、現代の社会制度の不全さの被害者でしょう。

問題は「本当の通過儀礼」が存在していないことにあります。

しかしながら、彼らが「大人になれないこと」の原因を「個人の能力や自己責任」とするような主張ばかりが目出ちます。

その結果として起こるのが、「原因の内面化」です。

ですが、本当に目を向けるべきは、「大人になれないこと」を必然的に作り出す社会構造です。そこに問題の本質があります。

社会構造の変化とイニシエーションの不在を繋ぐ明晰な分析

私が参照先の文章を読んで初めに感じたのは、
「社会構造の変化とイニシエーションの不在を繋ぐ明晰な分析」
だな、ということです。

社会構造の在り方は、個人の生き方に影響を与えます。
そして、個人の生き方の在り方に応じて、社会構造の在り方を変化させていくことが原則としては望ましいです。

現代男性の在り方について、そのような「社会構造」と「個人の生き方」との橋渡しをする主張だ。
私は、参照先の文章を読んでそのように感じました。

本当に目を向けるべきは「通過儀礼(イニシエーション)が不在であること」

私の理解では、「本当の通過儀礼」とは、
「外見では違いはわからなくても、内面は全く変わっている」
という変化をもたらすものです。

別の表現をするなら、
「それまでに生きてきた少年の心が死を迎えて、大人の男性の心として新しく生まれ変わる」
という経験です。

このような、男性の人生の中でも大きな大きな転換点となる出来事が、現代の社会では失われてしまった。

そうなると現代の男性が「大人になれないこと」は、社会構造の変化から必然的に起こっていることです。

そのことを、それぞれの男性個人の能力が足りないからだとか、努力不足だからだと捉えることは、非常に的外れな主張だと言えるでしょう。

本当に目を向けるべきは、「通過儀礼(イニシエーション)が不在であること」です。

通過儀礼(イニシエーション)は、あらゆる時代のあらゆる文化圏でおこなわれていた、と言われます。
時間の長さで言うと、数十万年間とも言える長さです。

それに対して、学校教育と産業化が社会の中で主流となっていた期間は、わずか200年程度です。

そうなると、
「学校教育の中で勉学に励み、産業組織の中で労働に勤しむ」
のが望ましいとされていたのは、人類の長い長い歴史の中では、ほんの一瞬のことでしかありません。

その「ほんの一瞬」の間の出来事だけを判断材料に、
「男性とはそのような在り方をするべきものだ」
「そのような在り方をしない男性には問題がある」
と私たちは結論付けてしまっています。

いま一度、人類がこれまでたどって来た道に目を向けましょう。

現代社会において通過儀礼(イニシエーション)の在り方をどのように取り入れていくのか」

問うべきなのは、このことではないでしょうか。

身体性の視点を付け加えたい

参照先の文章の内容に対して、私は身体性の視点を付け加えたいです。

私は、2年前に厳しい時期を過ごしていました。

その時に私が(偶然に)見つけた解決策は、「心と身体はつながっている」という発想を元にしたアプローチでした。

現代社会の男性は心と身体を切り離さなければならない状態に置かれている、というのが私の見解です。

そのようにしなければ、学校教育においても産業組織においても、「望ましい男性の在り方」をすることが困難であるからです。

経済成長が続いていた時代は、それで良かったのだと思います。

しかし、現在の状況で「心と身体を切り離すことが必要である」という発想を基本としているのは、もはや過適応だと感じられるのです。

人間も生き物です。

そして、男性には男性なりの身体性があり、その結果として男性なりの特有の心の在り方がある、と私は考えます。

男性同士だからこそ共有しやすい、心と身体の在り方の経験があります。

だからこそ、男性同士で感情を共有し合って身体の在り方の経験を共有することが、現代の男性にとって重要だと私は考えています。


記事の投稿者さんに感謝

今回、参照先の記事を読ませていただいて、私が気付いていなかった視点に気付くことができました。

記事を書かれた投稿者さんに感謝を述べたいです。

そして、参照先の記事の最後の箇所の引用を掲載して、私の今回の記事を締め括りとしたいです。

  • 日本社会がこの問題を乗り越えるためには、新たな通過儀礼や、社会が個人を認知し承認する仕組みを再び取り戻す必要がある。
  • そしてそれは、現在の社会制度を疑い、新しい社会を設計しようとする人々の手によってしか実現されない。
  • あなたが今感じているその違和感は、あなた個人の問題ではない。それはむしろ、社会そのものが変わる必要があることを知らせるシグナルなのである。
  • だから、どうか自分を責めないでほしい。その違和感を、ぜひ次の社会をつくるための新しい視点として、大切に抱えていってほしい。あなたが抱くその痛みと違和感こそが、次の社会をつくるための最初の一歩なのだから。



お読み下さりまして、どうもありがとうございます。

友人が開催するメンズサークルのお知らせ(2月21日東京都内にて)

https://pbs.twimg.com/media/HADv48faMAAp1Mb?format=jpg

友人が開催するメンズサークルのお知らせです。

去年の8月に、同じ主催チームによる第一回が開催されました。次回、2月21日の回は第二回目となります。


開催情報(Xの投稿)




詳細

上記の投稿の画像の内容を、テキスト形式で以下にも記載します。

第二回 メンズサークル
「男性同士で語り合う」 価値をあなたに

主旨:
格好つけずに安全に話せる場で、 参加者みんなが支え合いながら 「男」 が抱えている問題や不安と向き合いましょう

内容:
参加者全員で対話
体験を通して感じるグループワーク

日時:
2026年2月21日 (土) 13:15~16:15

場所:
都内某所(参加者には個別でお知らせします)

参加費:
3000円

主催・問い合わせ:
権兵衛・マンス・Dr.N


前回のアンケートから

主催者の一人の@honor_true_self(権兵衛)が、第一回の開催後に参加者アンケート結果を投稿しています。

この内容を元に、2点について取り上げたいです。

最近泣いた事があるか?

この話題について話している時には、特に良い対話となっていた、と私は感じます。

「最近泣いた事があるか?」
という問いに対して、
「そういえば、あんまり泣いていない」
という回答が多かった印象があります。

そして、その後に話した「どういう時にどういうふうに泣いたのか」という話題が面白かったです。
映画などを観ていて泣いた、といったことを話していた記憶があります。

自分が最近に泣いた事があるかどうかについて、そして、どういう時にどういうふうに泣いたのかについて、(男性たちで)ゆっくりと、お互いの声と心に耳を傾けながら話し合う。

いま思うと、なかなか有り難い経験だった、と感じます。

3時間があっという間だった

3時間が早く過ぎていった、と感じました。

対話の時間が多めでしたが、身体を意識するワークをする時間もあったので、考えることも感じることもできる経験ができました。
だからこそ、3時間でもあっという間だと感じたんだ、と思っています。


私も参加をします

私は、第一回に引き続き、第二回も参加をします。

第一回では、床の高さからではありましたが、トラストフォール*1というワークをしたのが印象的でした。
また、「男性たちが男性のことについて語り合う」という対話の場が形成されていた、ということも確かに感じました。

そして、その時に話した内容で記憶に残っていることがいくつかありますので、その「つづき」となることを話せたら良いな、という気持ちがあります。もちろん、「つづき」を話すかどうかは、その時その場の状況に合わせて決めます。

こちらのメンズサークルについて、質問などありましたら、私にご連絡をいただいても構いません。
もちろん、主催メンバーのXアカウントに直接にご連絡をいただいても結構です。

どうぞよろしくお願い致します。





お読み下さり、どうもありがとうございました。

*1:私の理解では「仲間を信頼して身体を預けるワーク」です。