前回の記事では、キャリアとリーダーシップの本のうち、自分が持っているものを10冊挙げてみました。
自分の専門は、「会話などの(いわゆる)対人的コミュニケーション」です。
しかし、キャリアなどにも興味をずっと持ち続けていたようで、自宅の本棚に関連する本がたくさん揃っていました。
だから、少しは、そういう方面のこともわかるかも?
と思って書いたのが、前回の記事です。
前回の記事を構想している時に、ふと思ったことがあります。
なぜ、自分はこれほどキャリアの話に興味を持ったのだろう?
考えていると、思い当たることがありました。
それは、高橋俊介先生の授業で触れられていた、
「好きなことと向いていることは違う」
ということ考え方についてです。
これは、自分の「好きなこと」から連想される職業に就くことが、必ずしも良いとは限らない、という考え方です。
それよりも、職務の中で自分の持っている「動機」を活かせる、という観点の方が、自分に合った仕事を考える上では重要である、とされています。
例として、鉄道マニアの話が挙げられていました。
この考え方に沿うと、「鉄道が好きなら、鉄道会社に勤めるのが良い」とは限りません。
もし鉄道に関する仕事をできたとしても、自分に合った動機を活かすことができなければ、自分にとっては合わない働き方となってしまいます。
そうなると、それが「向いている」とはとても言い難いものになってしまう、ということです。
高橋先生によると、鉄道マニアにも4つのタイプがあるそうです。
様々な路線を制覇することを楽しむ、踏破派
鉄道をカメラに収める、写真派
自分なりの理想の線路や鉄道、その環境を実現する、模型派
ダイヤグラムのデータから、論理的にその背景や意図を推理する、時刻表派
こう言われてみると、確かに、鉄道マニアにもいくつか種類がある、というのは納得ですね。
実際、駅で鉄道の写真を撮っている人は見かけますが、そういう人が必ずしも模型作りもやっている、という印象はないです。
(といっても、鉄道マニアの中には2つ以上の活動をしている人もいるかも知れませんが。)
それぞれのタイプによって、「どの部分をどのように楽しむのか」という動機が異なっているという仮定にも、なかなかの説得力があると思います。
なお、高橋先生は時刻表派だったそうです。
時刻表を読んで、ダイヤ改正にどのような意図があるのかを推理したい、という動機を持っていた、とご自身を分析されています。
そのような抽象的思考能力が、後にマッキンゼーでコンサルタントとして働く時にも生かされたのでは、とのことです。
この話を授業で聞いた時(「鉄道マニアのタイプ分け」のわかり易さもあったのか)、「腑に落ちた」感覚を持ちました。
というのも、卒業の頃に高校の先生がおっしゃっていたことと、非常に似ていたからです。
僕は高校を卒業する頃、予備校に通って、1年後に大学入試を再度受ける予定でした。
自分の進路について不安があったのか、その先生にこういうことを質問しました。
「自分がやっていて楽しかったこととして、真っ先に思い浮かぶのはクワイヤーの活動でした。でも、だからと言って、それを職業にすることはできないと思います。どう考えれば良いんでしょうか」
クワイヤー(choir)、というのは「コーラス(chorus)をやる人たち」(古風な言い方をすれば「聖歌隊」)です。
自分のいた高校では、フォーメーションを取り入れたショービズっぽい雰囲気のあるクワイヤーの活動がありました。
(少し前に流行った"Glee"のようなもの、と思っていただけるとわかりやすいです。)
僕が1年生の終わり頃に始まった活動です。
その先生の回答は、次のようなものでした。
「クワイヤーの活動が楽しかったとしたら、その『どの部分が楽しかったのか』を考えてみてほしい。
歌うことそのものが楽しかったのかも知れない。
人前で何かをするのが楽しかったのかも知れない。
みんなで一緒にやっていくことが楽しかったのかも知れない。
そういうパフォーマンスの準備をしていくことが楽しかったのかも知れない。
あるいは、パフォーマンスの場にいることが楽しかったのかも知れない」
「どの部分が好きだったのか、によって、大事にするべきことは変わってくる」
「もし、パフォーマンスの場にいることが好きなのであれば、他の仕事でお金をしっかり稼いで、舞台をたくさん見に行けるのが良いかも知れない」
つまり、
「クワイヤーのパフォーマンスが楽しかった。そういう活動をするのが好き」
だとしても、
「そのものを仕事にするのが必ずしも良いとは限らない。自分がそういう行動をしていた原因はどういうところにあるのか、分析してみると良い」
ということです。
とても、納得しました。
高橋先生の「好きなことと向いていることは違う」の考え方は、この高校の先生の話と非常に似ていました。
高橋先生の理論は、自分が経験自身がしたことを上手く説明していました。
このような経験をしたことが、
「キャリア論は役に立つ」
と考えるようになった理由の1つなのでしょう。
それに加えて、
「優れた理論は、現実に起こっていることをより見えやすく、わかりやすくする」
という考えを強めることにもなった、のかも知れません。
さてさて。
夢とは何でしょうか?夢と現実とは、どのような関係にあるのでしょうか?
どういう仕事をするのがハッピーなのでしょうか?仕事を通じて成長をする、とはどのようなことでしょうか?
生涯の中で、どのようにキャリアを築いていけば良いのでしょうか?これまでの時代のキャリア形成と、これからの時代のキャリア形成は、どのように違っているのでしょうか?
かなりの人がこのような疑問を持ったことがあると思います。
大学生でも、就活を控えた時期になれば、これらの問いが頭をかすめるようになるでしょう。
これらの問いに対して、個人個人が考えることを助けるのがキャリア論、だと思っています。
もちろん、誰にでも当てはまる絶対的な回答が与えられるわけではありません。
しかし、個人が自然に思うであろう仕事と生き方の問いについて、考えることを助けてくれるはずです。
それは、望遠鏡を通すと遠くの物がより鮮明に見えることに例えられるかも知れません。
あるいは、虫眼鏡を通すと、小さいものをより詳細に見えることにも例えられるでしょう。
「見る」という行為は、本人が自分の意思で行動しなければできないものです。
しかし、遠くのものや小さいものを鮮明または詳細に見たいとき、望遠鏡や虫眼鏡が必要となります。
その点では、望遠鏡も虫眼鏡も役に立っています。
キャリア論の「役に立つ」ということも、望遠鏡や虫眼鏡と同じではないでしょうか。
キャリアについて「考える」という行為そのものは、本人の意思がなければできません。
(それに、考えた後に行なわれる「決定」も、本人の意思によってしかできません。)
ですが、自分がまだ行ったこともない遠く(将来)をはっきりと見てみたい時や、その時の自分の仕事とキャリアに起こっていることを詳しく見てみたい時、キャリア論が無ければ「ほとんど見えない」ものもあると思います。
そういう状況では、「キャリア論が無いと困る」ことになったり、「キャリア論があったから良い判断ができた」と感じることがあり得ます。
このように考えると、(疑問に対して、絶対的な回答が与えられることは無いとしても)「キャリア論は役に立つ」のだと、言っても良いのではないでしょうか。
今回も記事を読んでいただきまして、どうもありがとうございます。
補足:高橋俊介先生の「好きなことと向いていることは違う」と鉄道マニアのタイプ分けについては、(前回の記事でも紹介した)『自分らしいキャリアのつくり方』(PHP新書)と『スローキャリア』(PHP文庫)に記載されています。